三部経の翻訳


 ・「大無量寿経」の翻訳


 「大無量寿経」は「仏説無量寿経」とも呼びます。オリジナルのサンスクリット語版のタイトルは「極楽の荘厳」。原本は西北インドのクシャーナ王朝で完成したとされています(紀元1世紀頃)が、インドのどのようなグループによって編集作業が進められたかは定かでありません。しかし時期的に大乗仏教運動が盛んな時代であったことは確かであり、長い仏教の歴史の中でも、最大の転換期に作成されたということは踏まえておきましょう。

さて、インドから来たオリジナルの「大経」は、中国に持ち込まれると、サンスクリット語から当時の中国語に漢訳されます。

全部で12種類の翻訳があったそうです。これは過去に12回翻訳がされたということです。しかし「大経」は昔から「五存七欠」と言われ、現代に伝えられているのは5種類しか残っていません。浄土真宗ではそのうちの一種類を「正依の大経」、すなわち”間違いない”「大経」として扱います。


例えば、海外でベストセラーになった小説があるとします。その小説はすぐに日本でも日本語訳版が発売されますが、そんなに売れませんでした。その数十年後、同じ原作が、実力のある有名な作家によって再翻訳されると、たちまち大ヒットする。。こんなことってありますよね(もちろんネームバリュー的な部分もありますが。。) それは、同じあらすじであっても、訳者の描写表現力、感性、切り口や視点などが違うからです。

お経の翻訳であってもそれは一緒で、適切な素晴らしい表現で、かつ大事な部分の意味もハッキリ解りやすく、誤解なく翻訳できているかどうかが重要なわけです

 では、その現代に伝わる「大無量寿経」の、5種類の訳書と訳者をザッと紹介します。



 ①「仏説阿弥陀三耶三仏薩婁仏壇過度人道経」二巻(ぶっせつあみださんやさんぶつさるぶつだんかどにんどうきょう)

     通称「大阿弥陀経」。222年〜228年あるいは222年〜253年に訳出。

     呉の時代の支謙(しけん)という方が翻訳。

 ②「仏説無量清浄平等覚経」四巻(ぶっせつむりょうしょうじょうびょうどうがくきょう)

     略して「平等覚経」。258年頃に訳出。

     後漢の支婁迦讖(しるかせん)という方が翻訳。

 ③「仏説無量寿経」二巻

     308年頃あるいは421年に訳出。     

     曹魏の康僧鎧(こうそうがい)という方が翻訳。

 ④「無量寿如来会」二巻(むりょうじゅにょらいえ)

     略して「如来会」。706年〜713年に訳出。

     唐の菩提流志(ぼだいるし)という方が翻訳。

 ⑤「仏説大乗無量寿荘厳経」三巻(ぶっせつだいじょうむりょうしょうごんきょう)

     略して「荘厳経」。991年訳出。

     宋の法賢(ほっけん)という方が翻訳。

このうち①〜③は翻訳者が別にいるという説があります。それだけ大昔の文献を調査するというのは大変なのでしょう

浄土真宗では③の「仏説無量寿経」二巻、を選んでいます。これが内容的に”間違いない”からです。



 ・「観無量寿経」の翻訳


 次は「観無量寿経」です。正式には「仏説観無量寿経」といいます。

訳者は畺良耶舎(きょうりょうやしゃ)という方です。

実はこのお経は、インドのオリジナル版がいまだに発見されておらず、中国の漢訳版だけが知られています。オリジナルのサンスクリット語版もなければ、近しいチベット訳もないそうです。そういうわけで、このお経は元々のオリジナルはなくて、中国もしくは中央アジアで作られたものではないのかとも推測されています。ウイグル語訳もありますが、この漢訳の重訳とみなされます。


 ・「阿弥陀経」の翻訳


最後に「仏説阿弥陀経」です。サンスクリット語の原本タイトルは「大経」と同じく「極楽の荘厳」。

5世紀のはじめ頃に訳出されたといわれ、訳者は鳩摩羅什(くまらじゅう)という方です。

こちらも昔から「二存一欠」といわれ、もともと3種類の訳があったと伝えられています。

鳩摩羅什訳の他に、唐の玄奘(げんじょう)が翻訳した「称賛浄土仏摂受経」一巻(650年)が現存していますが、もっぱら鳩摩羅什訳が広く伝わっています。


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