三部経はいつ説かれたか?

 

 ・お釈迦さまが「三部経」を説かれた時期


浄土真宗の拠り所となる三つのお経、「浄土三部経」は歴史的に見て、事実上いつ頃説かれた教えなのでしょうか?

まず「浄土三部経」とは、「大無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」の三つのお経を、親鸞聖人のお師匠である法然聖人がひとつのグループにまとめたものですが、当然、元からまとまっていたわけでなく、それぞれ別々の時期にお釈迦さまによって説かれた教えです。

では事実上、歴史的に見て、これらのお経はいつ頃お釈迦さまが説かれた教えかというと、残念ながらハッキリとした年代を示す証拠がありません。「観無量寿経」だけに唯一、お経の中に少しだけ時期を示す手がかりをみつけることができます。



 ・「観無量寿経」の手がかりを紐解く


ではその「観無量寿経」の”手がかり”に注目していきましょう。まず、「観無量寿経」のストーリーの中で、”アジャセ”という王子さまが登場します。この王子さまは父である王様を殺害し、王位を奪うのですが、この事件をきっかけとしてお釈迦さまは「観無量寿経」を説かれます。

ということは


アジャセ王子が王位を奪う時期=「観無量寿経」が説かれた時期


となり、年代が明らかになります。

手がかりとなるのは「善見律毘婆しょう(さんずいに少)」第二巻に、「アジャセ王子はお釈迦さまが入滅される(亡くなる)8年前に王位に着いた」とあります。

なので、史実によるとお釈迦さまは80歳で入滅されたので、単純に引き算して、「観無量寿経」はお釈迦さま72歳の頃に、説かれた教えということになります。

では結局いつ頃なのか。説かれた時期の具体的な年代は、紀元前477年頃〜紀元前378年頃の間と考えられます。

なぜ100年ほど年代がアバウトなのかというと、お釈迦さまが亡くなられた年代を記す書物も様々あり、信憑性の高い資料を集めて算出した結果、それでもこのような時期の隔たりが現れたということです。

2,000年以上も昔の時代を記録している文献を解読する作業は想像を絶するものです。超優秀な研究チームが各国から現地調査に行き、細かくちぎれたり風化している資料群を、ジグソーパズルのように繋ぎ合わせ、そこから古代言語を解読。。気の遠くなるような作業です。それだけ、ハッキリとした年代を明かしたり事実関係の証拠をみつけるのは非常に難しいということです。

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