「大経」の物語 (国王から修行者、そして仏に)


お経には共通する流れがあります。

まずそのお経の説かれたシチュエーションを説明する「序分」から始まり、そのあと、そのお経の一番伝えたい部分、すなわち本題である「正宗分(しょうしゅうぶん)」が説かれます。

「大経の概要」で 正宗分の大まかな解説をしているので、合わせて見てみてください。

 

 「大経」の本題は、こういった流れです。

 ① 阿弥陀さまがどういう思いで仏になろうと決意し、どのような方法で仏となり、それによってどうなったのか。(弥陀成仏の因果)

 ② 迷いの世界にいる生きとし生けるものは、どうしてお浄土に生まれることができ、お浄土に生まれるとどうなるのか。(衆生往生の因果)

 ③ これらをふまえた上で、お釈迦さまが気をつけなさいと戒められたこと。(釈迦勧戒)


このように三つの段階にそって、「大経」のストーリーは進みます。

最初に言っておくと、①の弥陀成仏の因果と、②の衆生往生の因果は別々のものではなくて同じものでもあります。阿弥陀さまが仏になることがそのまま、私たちが浄土に生まれることとなるので、同じ意味になります。


それでは、まず①の弥陀成仏の因果から解説します。以下、「大経」のストーリーです。



 ・弥陀成仏の因果(大経の物語)


今よりはるか昔、錠光(じょうこう)という如来さまがこの世に現れ、多くの生きとし生けるものに教えを説いて、そのものたちを全員、さとりを開かせて、この世を去られました。

その後、光遠(こうおん)という如来さまがこの世に現れます。このように、次々と53もの仏さまがこの世に現れました。

そして54番目の仏である世自在王仏(せじざいおうぶつ)が現れます。

その時、一人の王様が世自在王仏と出会います。

王様は、世自在王仏の説かれる教えをきいて、自分もさとりを得たいという気持ちを起こします。

そののち王様は、国も、地位も捨てて出家し、修行者となり、法蔵(ほうぞう)と名乗るようになります。


法蔵菩薩は才能豊かで、意思も強く、さらに賢く、他のものよりも群を抜いて優秀でした。

そしてある時、法蔵菩薩は師匠である世自在王仏に対して、最上の敬意をもって合掌し、師匠の素晴らしさを褒め称えながら、自分の願いを告げます。

「迷いの世界に苦しんでいる生きとし生けるものたちを救いたいのです」

この願い、決意が「讃仏偈」です。

さらに法蔵菩薩は続けて言います。

「師匠、この願いを実現するため、私に教えを説いてください。その教えに従って修行精進いたします。」

法蔵菩薩の想いは、師匠の教えに従って修行し、仏の国を作り、そこで生きとし生けるすべてのものたちを救い、生まれ変わり死に変わりする苦しみの原因をなくしたいという、広く深いものでした。


これを受けた世自在王仏は、法蔵菩薩の決意の堅さを知り、こう言います。

「大海の水を枡(ます)で汲み尽くすほどの長い時間、努力と精進を続けることができるのであれば、どんなに大きな願いでも、成し遂げることができるであろう。」

そう言って法蔵菩薩を激励した世自在王仏は、210億種類の仏の国、さらにそこに住む人々の良し悪し、国の優劣を法蔵菩薩に見せます。

これらすべてを目の当たりにして感じた法蔵菩薩は、これらの国々よりも優れた国をつくり、それらの国に生まれることのできないようなものでも、自分の国に生まれさせたいと思いました。

そしてこれを実現させるためにはどうすれば良いかということを考え、五劫という果てしなく長い時間をかけて、どのような仏の国をつくるのか、またどのようにして成し遂げるのかを考えました。

そのことを知った世自在王仏は、法蔵菩薩に対し、今、その願いを述べてみよというのです。

そこでついに、阿弥陀さまの救いの願いである「四十八願」が説かれます。〜



〜どのような仏の国をつくり、どのようにしてさとりを得るのか、どのようにして迷えるものを救うのかということを誓った「四十八願」を、法蔵菩薩は説きました。

そしてさらに法蔵菩薩は、その「四十八願」の要点を重ねて誓うのです。これが「重誓偈」です。

「重誓偈」を説き終わると、地面が揺れ、天から美しい花が降り、綺麗な音楽がながれ、

「このものは必ずその願いを達成し、最上のさとりを得るであろう。」

と、褒め称えられるのです。


そして法蔵菩薩はその願いを達成するために、果てしなく長い時間をかけて修行をし、ついに、その願いを完成させ、理想の真実の浄土をつくりあげ、さらに法蔵菩薩自身も、さとりをひらき、仏となりました。


その仏こそ、「阿弥陀仏」であり、その浄土を、「極楽浄土」と呼ぶのです。



 ・まとめると

「大経」の弥陀成仏の因果というのは、法蔵菩薩がさとりをひらきたいと願い、そのために修行したことを「弥陀成仏の因」といい、その願いが達成され、法蔵菩薩が阿弥陀如来となられ、極楽浄土を完成されたことを「弥陀成仏の果」といいます。


この記事の前半で言ったように、この後「衆生成仏の因果」というのも説かれるのですが、それは法蔵菩薩が阿弥陀如来となられたことの結果として扱われます。つまり、「衆生成仏の因果」は「弥陀成仏の果」であると言えるのです。

「大経」というお経は、法蔵菩薩が「こんな浄土を作ります、こんな仏になります」と誓った「四十八願」こそが一番重要な部分であると言えるのです。

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