「大経」の説かれたシチュエーション

 

 お経はまず、お釈迦さまがその教えをどのような状況で、どんなものに対して説かれたのか、すなわちどんなシチュエーションで説かれたのかという「序分(じょぶん)」という部分から入ります。

「大経」はこんな感じで説かれ始めます。

 お釈迦さまが耆闍崛山(ぎしゃくっせん)という山に、1万2000人の優れた弟子たちとともにおられたときのことです。

その日のお釈迦さまはいつにも増して神々しい雰囲気でした。その弟子たちも、今までお釈迦さまのそんな姿は見たことがなかったほど神々しかったのです。

阿難(あなん)という弟子が、その尊い姿をみて、ひざまずき合掌し、お釈迦さまを褒め称えます。

そして、「今日はなぜそんな尊い雰囲気を身にまとっているのですか?」と、お釈迦さまに質問をするのです。

するとお釈迦さまは

「よくぞ聞いてくれた。阿難よ、あなたの深い智慧と、生きとし生けるものを哀れむ慈悲の心が、その質問をさせたのだろう。」

と嬉しそうに答え、阿難をほめます。

そしてお釈迦さまは続けて、

私がこの世に生まれたのは、迷いの世界に生きるすべてのものたちを哀れに思い、そのものたちに真実の救いの教えを説き、救いたいからである。

と言われました。

どういうことかまとめると、お釈迦さまがその日に限って、いつになく神々しい姿だったのは、この「真実の救いの教え」である「大経」を、ついに皆に伝える時がきたのだと、喜んでおられたということです。


そしてこの真実の救いである「大経」は、他でもない「阿弥陀さまの救いのはたらきである本願」が説かれた教えです。

親鸞聖人は、

それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり」(本典教巻)

と言われます。

 お釈迦さまがこの世に出現された最大の目的は、阿弥陀さまのはたらきを伝えるためであるとして、浄土真宗の最重要であるお経は、この「大無量寿経」であるとされたのです。 

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