仏教の基本、「仏語を信じる」ということ(入門)


ここでは、浄土真宗のことから一歩引いて、一般的な仏教という視点で、難しい言葉は使わずに書いていきたいと思います。


 「仏教」というのは、読んで字のごとく、「仏の教え」のことです。

仏さまの教えは、私たちに何を教えてくれるのでしょうか。


お経を読んでみると、難しい漢字の羅列で、わかりやすい、とはとても言えませんが、よくよく意味を調べてみると、たくさんのことが書かれています。


たくさん書かれているのですが、結局何が一番言いたい事として書かれているかというと、これらは要するに、「どうすれば仏になれるのか?」、「仏になるとはどういうことか?」ということが書かれています。

つまり簡単に言ってしまえば、仏教とは、仏さまが私たちに対して、


「仏になることを願われ、そのためにはどうすればいいのか」


ということを教えたものであると言えます。

しかし、仏さまと言っても、実際に見た事もなければ仏になった事もありませんので、私たちには見当もつきません。さっぱりわからないので、そんな教えはどうでもいい、仏になんかならなくてもいい、人間として生きているうちに目一杯楽しんで死ねればいいという人もいるでしょう。

また、ホトケというのは”死んだ人”のことだと思っている人もいますが、これは酷いですね。


もし今この記事を読んでいるあなたがぼんやりとでも「仏さま」に関する考えや概念をお持ちでしたら、いったん頭の中を白紙の状態にして読みすすめていただければよろしいかと思います。



 ・仏教では「仏語(ぶつご)」を信じる


 ”仏さま”というものは、私たちの目で見ることはできません。もちろん手で触れることもできませんし、実際に声を聞くこともできませんので、本当に存在するかどうかは、はっきりわかりません。

ある人は、「はっきり分からないから、仏さまは有ると信じることが大事なんだよ」と、分かったようなことを言われますが、本当にそれでいいのでしょうか。

まして、そんな”有るか無いかわからない”ような、あやふやな「仏さま」を、あなたは信じる事ができますか?

他の宗教には、「神は人間には分からない存在。だからこそ信じる」というものもあるそうですが、仏教の仏さまは、そういったものとは全く違います。


仏教を説き広められたのは、お釈迦さまです。

お釈迦さまは”仏”になられた存在ですが、もともとは私たちと同じ人間です。両親がおられ、奥さんがいて、お子さんもいました。そういった”普通の人間”であった人が修行をして、「さとり」を開かれたのですから、人間に分からない教えであるはずがありません。むしろ、お釈迦こそ人間の理想の姿と言ったほうがいい気がします。

なので、他の宗教と仏教は、共通点はあったとしても、「分からないから信じる」という宗教とは、はっきり区別するべきでしょう。



仏教においても「信じる」という言葉はもちろん使います。

しかし、この「信じる」というのは、仏さまの教えを信じる、つまり「仏語を信じる」という意味合いで使います。

基本的に、さとりを開かれたお釈迦さまの説法が仏語、すなわち「お経」なので、仏さまの言葉はお経に書いてあるということになります。( ※ すべてのお経がお釈迦様の直説とはいえませんので、気をつけて下さい)

お経に文字として書いてあるので、はっきり目で見ることができますし、真実の言葉として読むことができます。

仏語には真実が書いてあると信じ、その教えの通りに修行する。すると、やはりその通りだったんだと実感します。この「自分でわかる」というのが「さとり」であると言えます。


 【仏語(お経)】➡︎【信じる(信)】➡︎【その通りに修行する】➡︎【その通りだったとわかる】=【さとり(証)】


仏教では基本的に「信じる」ことはあくまで入口、スタートであって、信じた通りに修行し、それが本当かどうか確かめる「さとる」ことが目的です。他の宗教では”信じること”が全てであって、信じることで何か効果があるのを期待します。ここが違います。



浄土真宗の場合はもう少し複雑で、「信」という概念が一般的な仏教の「信」とは異なります。

一般的な仏教の「信」は入口・準備段階的な意味ですが、浄土真宗では「信」が到達点という感覚です。

阿弥陀さまの救いのはたらきが「信」であり、その救いの確かさをわからせてもらうことが「信心」と考えます。

浄土真宗のことは別の項目で解説していますので、詳しくはそちらをご覧ください。



一般的な仏教において、「人間の力では分からないから、それを信じるのだ」というのを「信」とは言いません。そして、それが仏教の目的でもありません。

分からないことがあれば、中途半端にわかった気になるよりも、いったんそのことは素直に分からないと置いておいて、はっきり分かることから始めるべきでしょう。


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