四門出遊

 

今から2500年ほど昔の話です。 

 仏教をひらいたお釈迦さまはもともと、一国の王子さまでした。ゴータマ・シッダールタという名前で、当時のインドで最高ランクの裕福な王国の一つであった”カピラ国”の王子として生まれ、才色兼備のヤショーダラーというお姫さまと結婚し、ラゴラという息子にも恵まれました。

 「三時殿(さんじでん)」と呼ばれる宮殿に住んでおられたそうです。「三時殿」とはインドの熱さ、寒さ、雨季を快適に過ごすために建てられた宮殿で、その季節ごとに適した宮殿に移って生活をされたそうです。そこで、欲しいものは何でも手に入り、寝たいときに好きなだけ寝れるという、一般の人が思う贅沢をすべて極めたような生活を、王子はおくられていました。これは、人はどんなに幸福の絶頂にあっても、どんなに望みの叶う環境にいても、「人生とはなにか」という問いが自分の中に生まれたとき、宗教に答えを求めずにはおれないことをあらわしているのです。シッダールタ王子は学問はもちろん、弓や馬などの武芸にも優れた王子だったそうですが、感受性の強いナイーブな面も併せ持っていました。様々なことに思い悩む青年だったそうです。

 では、お釈迦さまが贅を極めた生活を捨て、出家にいたった動機をみていきます。これからお話しするのが「四門出遊」のエピソードです。


 〜王子はある日、王宮の東の門から、馬車に乗り出かけます。するとそこに、歯がぬけ落ち、白髪で腰の曲がった老人を目にします。宮殿内ではそんな者を見たことのなかった王子は、お付きのものに「あれは何者か?」と聞きます。

「王子、あれは”老人”です。人として生を受けたものは、いずれあのような姿になっていくのです。」 

それを聞いた王子は自分もいずれあのようになるのかと驚き、王宮へ引き返すよう命じます。

 またある日、王宮の南の門から馬車に乗り出かけます。するとそこに苦しそうに横たわる病人を目にします。宮殿内でそんな者を見たことのなかった王子は、お付きのものに「あれは何者か?」と聞きます。

「王子、あれは”病人”です。人として生を受けたものは、いずれ病気を患い、あのような姿になるのです。」

それを聞いた王子は、自分も病気をに苦しむのかと悲しみ、また病人を見て嫌悪感を抱いてしまっている自分にも悲しくなり王宮へ引き返すよう命じます。

また別の日、王宮の西の門から、馬車に乗り出かけます。するとそこに、多くの人だかりができ、その中心に、死者が横たわっていました。

「王子、あれは死人です。人として生を受けたものは、いずれ必ず死んでいくのです。それは逃れようのないものです。」


シッダールタ王子は王宮に帰ると、思い悩むのです。まれてきた人はみな、い、み、そしてんでいくのかと、そして自分もそうなのだということを、深く悩み、苦しみます。


 ・出家者との出会い

 ある日王子は、王宮の北の門から馬車で出かけます。するとそこに、出家した清々しい修行者がいました。シッダールタ王子は駆け寄って

「あなたは何をしているひとなのですか?」

と問います。すると修行者は

「私は出家者です。世俗の悩みや汚れ、苦しみから離れ、正しい修行をし、衆生に慈悲にもとづく行いをしている者です。」

と答えました。

 シッダールタ王子は「今、自分が思い悩んでいる苦しみ(生老病死)を乗り越え、克服していく道は、これだ!自分の求める理想は宗教にある!」と確信し、29歳の時王子は、妻子をすて、王位をすて、自分の求める道を目指し、出家したのです。〜


これが「四門出遊」のエピソードです。

 どれだけ贅沢な生活をしていようと、自分自身、そして自分の人生をかえりみた時に、苦しい部分、汚い部分から目をそらすことができなくなる時が必ず、どんな人にも来るのです。

 そしてこの「人生は汚く、悲しく、苦しい」という現実否定とも思える視点をもって初めて、本当の救いを求め、宗教を必要とするのだと聞かせていただきます。

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