親鸞聖人の生涯(法然聖人のもとで)



 ・よき師と、よき友の存在


 仕事や勉強、スポーツにおいても共通する重要なこととして、「素晴らしい先生にであう」ということがあります。

多くの人は何かを始める時、手探りで始めます。やり方を模索してみたり、いろんな本を読んだりして試行錯誤すると思います。しかし、そのままずっと自己流で進んでいっても、ほとんどの場合が行き詰まりますし、我流の変なクセがつくこともあります。もっと良くないのは、自己流で満足してしまい、そこから進歩していかないことです。


そうではなく、実際にその道に精通している「先生」との関わりを持つことで、自分の間違いを指摘してもらってなおすことができたり、「本物」を知ることで、さらにモチベーションが上がったりすることを知らなければいけません。


「先生」といっても、有名な先生であれば良いということでもなく、自分の疑問を解決してくれる人であるということが大事です。たまに、有名な先生に指導してもらったことがあるというだけで、自分が何かえらくなったような気になっている人がいますが、これは一番良くありません。「良い先生」とは、むしろそういう慢心の心を打ち砕いてくれる存在でなければいけません。

 

親鸞聖人は、比叡山での20年間で、様々な学問や修行に明け暮れ、「仏になる道」「救われていく道」を、苦悩されながら試行錯誤され求めたことと思います。しかし、「これだ!」という教えにであうこともなく、また「救われた」という実感も得ることができずに、自分の進むべき道を見つけることができずにいました。

しかし、29歳の時、阿弥陀如来さまの救いのはたらきである「お念仏」ひとつで救われていく(仏にならせていただく)という教えを説く法然聖人と出遇うことで、親鸞聖人は20年間の修行で見いだせなかった答えにたどり着くことができたのです。



 ・6年間の法然門下時代に、親鸞聖人がえたもの


親鸞聖人と法然聖人が師弟関係であったことは、一般的によく知られていますが、その師弟関係がわずか6年だけだったということはあまり知られていません。

しかし、この短い6年間が、おそらく親鸞聖人の人生にとって一番平穏で、充実していた時期だったのではないかと思います。なぜなら、自分の疑問に対して満足のいく回答をしてくれる師がおり、そして、同じように法然聖人の教えを求めて集まっていた門弟たちと、阿弥陀さまの救いの法を学び合うことができたからです。

多くの人は「友」と聞くと、一緒に飲み会に行ったり、遊びに行ったりするような「友達」を思い浮かべると思います。また一方で、気の合う仕事仲間や勉強仲間というような「同じ目的をもってお互いに高め合える存在」という意味合いの「友」もいることでしょう。

この時期、親鸞聖人は、法然聖人という師の教えをともに聞き、真剣な道の求める姿にお互いに励まされ、また導いてくれるような「友」に恵まれていました。お互いに高め合える友を持つことは、仏道においても必要不可欠です。


お釈迦さまがこんなことを説かれています。

弟子の阿難が

 「お釈迦さま、私たちがよき友をもち、それと共にいることは、仏道の半分を成就したことに等しいと思いますが、いかがでしょう?」

と聞くと、お釈迦さまは

 「それは違います。よき友をもち、それと共にいることは、仏道のすべてです。」

と答えられたそうです。


親鸞聖人は、この6年間で受けた法然聖人のお言葉を90年の生涯にわたって繰り返し味われ、また深めていかれました。

それは「あなたのお念仏の解釈は間違っていませんか? 独りよがりになってはいませんか?」ということを自分自身に問う指針となり、また厳しい仏道の師として、常に法然聖人を慕われていたのではないでしょうか。

この後に起こる流罪によって法然聖人と別れた直後から「愚禿(ぐとく)親鸞」と自らを名乗り、自分は真実の教えに背く愚かな存在であると、ご自身を厳しく見つめられたことも、このことからであったのだと思います。

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