親鸞聖人の生涯(弟子一人ももたず)


 親鸞聖人は40歳〜60歳すぎまでの約20年間、関東での布教活動に情熱をかたむけられました。

このころの「お念仏」の素晴らしさを広める布教活動によって、親鸞聖人を師と仰ぐ者がたくさん出てきます。親鸞聖人から直接教えを受けた弟子たちは約80人ほどと言われ、さらにその直接教えを受けた門弟たちがそれぞれの門徒を抱えるというケースが目立つようになり、おそらく、数千人規模の念仏者の団体となっていたはずです。


多くの人は、このように組織が大きくなり、まして自分がその組織のトップであるという状況になった場合、権威を振りかざし始めたり、自分を絶対的な存在であると誇示することが多いです。いわゆる自らを「神格化」していくのです。そうすることで、団体内での自分の地位は揺るぎないものになりますし、望むことはほぼ全て叶うような状態にすることができます。

昨今、危険な新興宗教や、オカルト教団と呼ばれるものは全てこのパターンに当てはまります。しかし、トップの指導者を「神格化」してしまうことで”問題”が起こります。人間は「絶対者」になることはできません。それは「煩悩」を抱えた存在だからです。そのため、次第に必ず「矛盾」が発生します。教えに煩悩が絡むので矛盾が生まれるのです。 そうなってくると、真剣に救いを求める信者ほど、指導者の教えに矛盾を感じるようになり、出口のない自らの疑念と、絶対的な指導者との間に矛盾を感じ、葛藤するようになります。


しかし親鸞聖人は、関東で数千人規模に膨れ上がった念仏者集団に対して、こう言われました。


 ・「私は弟子を一人ももたない」


親鸞聖人の言葉としてあまりにも有名なこの言葉は、決して「謙遜」という感情から言われたのではありません。以前にも言いましたが、親鸞聖人はどこまでも「仏になること」つまり仏道を歩むものとしての立場を中心として生きてこられた人です。そのため、道徳的な「謙遜」という意味合いで言われた言葉では、決してないでしょう。

これは親鸞聖人のいただかれた「お念仏」の心から出た言葉です。


「お念仏」の教えは、”私たちが”清らかな心で「お念仏」して救われていく教えではありません。

そうではなく、”阿弥陀さまが”私たちに「救われてくれよ」と願われ、愚かで汚い心しか持ち合わせていない存在である私たちを目当てとして「救うはたらき」です。

お念仏に生きる者の人間関係は、先を行くものと、それを追いかけるものという違いは確かに存在します。しかし、念仏者のことを「お同行」という言葉があるように、基本的には同じ方向へ向かう仲間です。つまり真実の世界である「阿弥陀さまのお浄土」に向かって歩む仲間として尊敬しあう関係です。「お念仏の教え」は阿弥陀さまからいただいたものです。だから、そこに組織的な上下関係はないのです。このことから親鸞聖人は「弟子は一人ももたない」と言われたのでしょう。


しかし、親鸞聖人から直接教えを受けたものの中には自己顕示欲に負けてしまうものも現れます。念仏者の組織が大きくなるにつれてこのような問題は増えていきました。

例えば、ある門弟は、「自分は親鸞聖人から直接の指導を受けたものだ」といい、独自の念仏者集団を作ろうとします。同じように、自分の集団を持とうとするもの同士で弟子の奪い合いを始めるのです。愚かなことですが、親鸞聖人は組織が大きくなるとこのようなことが起きるとわかっていたのでしょう。

親鸞聖人はそのような事態に対し、のちの著書でこう言われています。


 「専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。」(『歎異抄』第六条 註釈版 p835)


「私の弟子だ」「ひとの弟子だ」という言い争いが起こる時、表面上は「真実の信心」や「尊い教化活動」という言葉をつかった「欲や名誉」の世界が始まります。それは、何も生み出さない荒涼とした砂漠のような世界であると、親鸞聖人は言われるのです。


宗教というのは一歩間違えると大変な過ちを犯すものです。

教団として組織化が進み、その集団が大きくなれば、次第に上下関係をつくらねば維持・運営が困難になってくるのは事実です。しかし、これは親鸞聖人の心から遠ざかり、背を向けることにもなります。そう考えると、今の浄土真宗は真実の道から遠のいていっているのかもしれません。私たち僧侶は、親鸞聖人の心を聞かせていただき、しっかりとこのことを自省しなければなりません。

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