真宗教義・仏教入門

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浄土真宗ときいて、多くの人は、「南無阿弥陀佛」「お念仏」「極楽浄土」と連想するでしょう。

阿弥陀さまという仏さまの救いのはたらきが言葉となったものが「南無阿弥陀佛」のお念仏です。その救いのはたらき(本願力)によって極楽浄土に生まれることができるので、これほど有り難い教えはないでしょう。

しかし、その救いの教えの有り難さを味わうことができるようになるには、教えの理論や、実際にお念仏の人生を歩まれた先達の方々を知ることが大事になってきます。

また、浄土真宗も仏教の一つの流れ(流派)であり、一般的な仏教の基礎知識を知っておかなければ、何のためのお念仏なのか、救いとは何かという一番重要なことがわからなくなってしまいます。

そして、最も大事なのは、頭で理解するだけでなく、自分の中に落とし込んで、実際の日々の生活に起こるあらゆるものごとを、「仏法の視点」で見ることができるかどうかであると思います。


 よく浄土真宗の「教義」という言葉を耳にしますが、これはどういうことかというと、”教”とは「教え」であり、”義”とは「道理」のことです。教えの内容、そしてその教えはどうしてその結論になるのかという説明のことです。


浄土真宗は「南無阿弥陀佛」のお名号のはたらきで”この私”が救われていく教えです

もっと具体的にいえば、「南無阿弥陀佛のはたらきで救われていく(お浄土に生まれ、仏にさせていただく)教え」です。

その構造を、組織的に体系化されたものを「浄土真宗の教義」と言います。

では、”救われる”とはどういうことでしょうか?

 宗教を求める姿勢は人によってさまざまですが、救われるという言葉のイメージから「苦しさを無くしたい」「病気を治したい」「人間関係を円滑にしたい」「とにかく楽になりたい」という考えの方が多いです。そういう人が多いので、実際に世の中にはそういった人たちをターゲットにした「苦しい悩みを今すぐ解決しますよ!」と謳った本や商売で溢れかえっています。


しかし浄土真宗はこれとは逆の教えを示します

苦しみがあるからこそ「真実の教え」を求めるきっかけに出あいます。また、現世での苦しみをなくすのが仏教の直接の目的でもありません。仏教の目的は「仏になること」です。

人の苦しみや悲しみの代表格に、「死」があります。しかし、多くの人にとって「死」はずっと先の未来にあるもので、自分が死ぬということに実感がわきません。もしくは無意識に目をそらしています。

現在、日本は超高齢化社会で医療も進歩し、90歳で元気な方も珍しくなくなりました。しかし、結局のところ、人は死んでゆくのです。



 ・心の出世


 仏教の基本的な考え方で「六道輪廻(ろくどうりんね)」というものがあります。私たちは6つの迷いの世界を、死んでは生まれ、生まれては死んでゆく存在だといわれます。


【六道輪廻】(6つの迷いの世界)

 ① 地獄道……究極の苦しみの世界

 ② 餓鬼道……絶え間なく飢えの苦しみに悩まされる世界

 ③ 畜生道……人に蓄えられ、養われる、動物・魚・虫の世界

 ④ 阿修羅道…絶えず争い、対立し、戦い続けなければならない世界

 ⑤ 人間道……この人間の世界

 ⑥ 天道………六道の中では最高の世界。しかし、”なんでも手に入ってしまう虚しさ”という苦しみのある世界


 心や魂というものは永遠のものとされますが、この身体というのは、寿命があります。たまたま生まれたこの人間の世界での生活が終われば、次の世界へ生まれます。


 仕事でも趣味でも、またその人の人格も、たくさんの経験を積んでいけば、ずーっと発展向上していきます。しかしこの身体には限度があります。例えば、人間の世界で、仕事で出世してお給料が上がり、年収が1,000万を超えたりすれば、それは大きな出世でしょう。普通なら、夢がかなったと喜ぶかもしれません。

しかし、大宇宙のことを考えれば、それは大海の一滴のように微々たる出来事でしかありません。人間の世界での命が終われば、資産も地位も名誉もすべて手放していかねばなりません。どんなに今の世界で欲望を満たしたところで、次の世界へは手ぶらでいかねばならないのです。仏さまから見れば、人間の命、人間の世界は「一時的なもの」なのです。



 お釈迦さまが2500年前この世に現れたのは、私たちを”仏にしてやろう”という目的があってのことです。わずかな人間の一生のことぐらいを説くためではありません。お浄土の仏にしてやるぞ、限りない世界にあなたを生まれさせるぞ、ということを教えるために、この世に現れたのです。

 では未来のことばかり考えて、今現在の問題は解決しないのが浄土真宗かと言われれば、そうではありません。未来、すなわち”命”の問題が解決するとき、日々の小さな問題はおのずと解決していくのです。


 ですから、真宗の教義を学んで、今の辛く苦しい環境が変わる、なくなるわけではありません。


阿弥陀さまのはたらきによって、今私の生きている人間の世界とはなんなのか、ということを知らされ、自分自身とはどんな存在なのかを知らされ、見て見ぬフリをしてきた自分から、本当のコトを真正面から気づかせられる自分を見つけていくのが、浄土真宗であります。

 


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