「ご本願」ただ一つを選ばれた法然聖人



 法然聖人は言うまでもなく、親鸞聖人の直接のお師匠ですが、それだけではなく、仏教史上において初めて「浄土宗」を独立させたお方であります。当然、浄土に往生する仏道である「浄土門(じょうどもん)」にとっては、最重要人物であると言えるでしょう。


9歳で仏道に入られた法然聖人は、幼い頃から非凡な才能を持っておられたようです。


 何かをより深く学ぶ時は、基本的に一人の先生に師事して、長く同じ人に習う方が上達します。スポーツにおいても勉強においても、仕事でもそうです。なぜなら、いろんな師匠に習うことで、いいとこだけを盗んでいったつもりでも、実際にはいろんな師匠の悪いクセばかりが身につくからです。そのため、基礎から応用、そして発展までしっかりと習得するには、普通は一人の師に長い期間習う方がいいのです。

しかし、法然聖人は違いました。


法然聖人は比叡山に入られてから、得業・源光・皇円・叡空と、次々に師事する先を変わられたのです。

これは何も、師事先に嫌気がさして法然聖人が自分で移られたわけではありません。法然聖人の、幼いながらに開花しつつある才能を、師事される側が持て余したからなのではと言われています。いいところだけを学んで次の先生に移った、というのではなく「たらい回し」にされた、という表現の方がふさわしいかもしれません。18歳の頃には「どんなお経や難解な論書であっても3回読めば暗記できる」ほどであったと伝えられています。


そうして最終的に落ち着かれた「黒谷別所」は、寺号を青龍寺(せいりゅうじ)といい、そこは谷が深く、落ち着いて学問をするのに適していたそうです。



 ・黒谷で「念仏往生」におもいをはせる


法然聖人は黒谷で叡空(えいくう)という師匠に師事されました。

叡空というお師匠は、天台宗ではかなりの地位にいる大学僧でした。しかし、そのような立場にありながらも、世俗の名利を嫌い、一人で隠遁するような念仏者であったそうです。 このころ天台宗では、源信和尚以来、世俗的な欲や、名誉を捨てて、念仏往生に思いをはせる高僧が、たくさんおられたようです。

叡空師は、黒谷にやってこられた法然聖人によく「往生要集」を講じていたようです。


これらの高僧方は、天台宗の本流ではない「独自の念仏」を受け継いでおられました。しかし、独自の念仏と言っても、天台教義をベースとしたものでした。そのため、それらは決して天台宗の範疇から飛び出すようなものではありませんでしたし、「お念仏」の受け取り方も天台宗のものだったのです。


法然聖人が「浄土宗」を独立されたということはつまり、これらの高僧方がなしえなかったことを成し遂げたということです。そう考えると、「天台宗」から完全に脱却したと言ってもいいでしょう。



法然聖人は黒谷で、すべての仏典が収録されている「一切経」を五度も拝読されました。のちに法然聖人は「選択本願」一つに帰されます。「お念仏」以外はすべて選び捨てられたのです。そして、「智慧の法然」とまで呼ばれた才覚を否定し、「愚者法然」と自らを呼ばれました。

法然聖人が往生される二日前に残したとされる書があります。これは、法然聖人の80年の生涯でたどり着かれた境地を、簡素に一枚の紙に記してある「一枚起請文(いちまいきしょうもん)」の一部です。


 「〜ただ往生極楽のためには南無阿弥陀佛と申して、疑なく往生するぞと思ひとりて申すほかには別の子細候はず。〜(中略)〜このほかにおくふかきことを存ぜば、二尊のあはれみにはづれ、本願にもれ候ふべし。念仏を信ぜん人は、たとひ一代の法をよくよく学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともがらにおなじくして、智者のふるまひをせずして、ただ一向に念仏すべし。」(『一枚起請文』註釈版 p1429)


「往生したいのならば、疑いなく南無阿弥陀佛とお念仏するほかは要りません。その他に奥深い教えがあると思うなら、それは阿弥陀さま、お釈迦さまのお慈悲の心からはずれ、救いの願いである”本願”にもれることです。お念仏を信じない人は、学問に長けていることを振りかざすのではなく、一文字も知らない無知・無学のものになりきったつもりで、ただ、お念仏をするべきでしょう。」



天台宗の祖師方の念仏は、言って見れば天台教義という「奥深いもの」に沿ったものだったのです。そして、その奥深い教義にかなっているということが、重要と受け取られていたのでしょう。しかし、法然聖人はその「奥深さを求めること」が、仏さまの心に背いていることであると受け取られたのです。

生きとし生けるすべての苦悩するものを救うことが「ご本願」の中心であるならば、その苦悩するものたちが「奥深さを求める」ということは問われないはずですし、「奥深さ」が条件の救いでは決してないはずです。むしろ、何も理解できず、苦悩し迷っているすべてのものに開かれた「念仏」こそが、「真の念仏」であると法然聖人は示されたのです。


比叡山の高僧方も一目置くような「智慧者」でありながら、自らを「愚者」と名乗った法然聖人は、「ご本願」という仏さまの心だけを人生の中心とされたのです。

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