なぜいま”浄土”を願うのか?『安楽集』の約時被機


道綽禅師が残された代表的な書物に『安楽集(あんらくしゅう)』というものがあります。

この『安楽集』には、”仏教が滅ぶ”と嘆かれていた末法の時代に、唯一救われていく道があると示されていました。

それは「南無阿弥陀佛」のお念仏です。

この『安楽集』の存在によって、後に純粋な浄土教が確立され、親鸞聖人の師匠である法然聖人の浄土宗独立の根拠が成り立ったのです。



 ・『安楽集』が作成された背景


 今では「お念仏のはたらきでお浄土に往生する」という仏道は一般的になっていますが、道綽禅師の生きた時代は違いました。

当時の中国仏教のスタンダードは、「すべては空(くう)であり、個々に差別される姿をもたない」という、三論宗の空無相(くうむそう)の思想が一般的でした。この”空無相”の思想を支持する者の中には、偏見におちいる学徒が多くいたそうです。彼らは、西方の阿弥陀さまのお浄土に生まれることを願うことは、「迷いから生まれた虚しい考え」であると批判し、さらに浄土往生の道を妨害もしたのです。

現世で仏のさとりを開こうとする自力難行道(じりきなんぎょうどう)が主流であった当時は、阿弥陀さまのお浄土に生まれることを願うお経典の代表格である『観経』も、その本意を間違えて解釈されていたのです。


道綽禅師はこのような時代背景の影響によって、ねじ曲がった解釈をされた『観経』の本当の意味を明かしたいと思われました。また当時は”末法”と呼ばれる時代でもあり、道綽禅師は今こそ「お念仏で救われていく道」を示そうとされたのです。そうした時代背景と道綽禅師の思いの中、『安楽集』は作成されたのです。


  ※『三時説』

 【正法(しょうぼう)】……お釈迦さまがこの世を去ってから500年の間。「教・行・証」つまり、教えがあり、修行する人があり、さとり(証)を開くことができる時代。

 【像法(ぞうほう)】………正法の時代の後の1000年間。「教・行」つまり、教えがあり、修行する人はあっても、さとることはできない時代。

 【末法(まっぽう)】………像法の時代の後の10000年間。お釈迦さまが去ってから1500年経過。「教」のみ。つまり、教えだけが残っている時代。




 ・約時被機(やくじひき)


 道綽禅師は『安楽集』において、阿弥陀さまのお浄土に生まれる道を説かれるのですが、なぜ浄土の教えが今、必要なのかという理由を明かされます。

仏のさとりを開くことを目指す様々な仏道というものは、その時代に適しているか、また、人々の能力や資質に応じて適した道を選ぶべきであると、道綽禅師は『安楽集』で主張されます。この考え方を「約時被機(やくじひき)」と言います。

この”仏道は時代に合い、人の性質に応じて選ぶべき”という約時被機の立場から、


「当今は末法にして、現にこれ五濁悪世なり。ただ浄土の一門のみありて、通入すべき路(みち)なり。」(『安楽集』巻上 註釈版七祖 p241)

「末法という時代、そしてさまざまな汚れに包まれているこの五濁の世に、私たち衆生がさとりを得る道は、阿弥陀さまのはたらきにおまかせしてお浄土に生まれることを願うほかありません。」


と、道綽禅師の生きた時代の性質を述べ、


「まことに衆生、聖を去ること遥遠にして、機解浮浅闇鈍(きげふせんあんどん)なるによるがゆゑなり。〜(中略)〜ただ浄土の一門のみありて、情をもつて悕ひて趣入すべし。」(『安楽集』巻上 註釈版七祖 p184)

「お釈迦さまというさとりを開いた存在がこの世を去ってから、かなりの年月を経た今となっては、迷える衆生がその心理を理解することは不可能です。〜救われたいと願うのであれば、阿弥陀さまのお浄土に生まれるこの道を歩むべきでしょう。」


と、今を生きる私たちは、正しい修行のできるような聖者ではなく、迷える凡夫なのだということを示されます。


例えば、火を起こそうと思った時、梅雨の時期で湿気た木に火をつけようとしても、火はつきません。これは時期が適していないからです。

また、乾いた木があったとしても、火をつける道具や、知識がなければつきません。

仏道もこれと同じで、「時」が適していて、かつ「正しい智慧」の存在がなければ、さとりを得ることはできないと道綽禅師は言われました。


今の時代、そしてお釈迦さまのいない現状を考えれば、お念仏のはたらきにおまかせし、浄土に生まれ、救われていく道しかないでしょうと明かされたのです。

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