往生論註の概要


「往生論註(おうじょうろんちゅう)」は曇鸞大師の著作で、前の天親菩薩の著作「浄土論」を、曇鸞大師の解釈で、詳しく解説した書物で、上下2巻あります。

正式には「無量寿経優婆提舎願生偈註(むりょうじゅきょううばだいしゃがんしょうげちゅう)」と言います。


龍樹菩薩は、「菩薩が仏になる修行には難しい道と易しい道がある。」と言われました。

続く天親菩薩は、「一心に阿弥陀さまにおまかせし、お浄土に生まれることを願います。」と言いました。

曇鸞大師は、「私たちが阿弥陀さまのお浄土に生まれることができ、仏のさとりをえることも、すべては阿弥陀さまの救いのはたらき、つまり”他力”なのだ。」ということを示されたのです。

七高僧の中で「他力」ということを強く打ち出したのは、曇鸞大師のこの「往生論註」が初めてです。



 ・「浄土論」を解釈する


曇鸞大師は「往生論註」で、まず、天親菩薩の作成した「浄土論」とはどういった書物なのかを示します。

龍樹菩薩の「十住毘婆沙論」に菩薩の修行として、難しい修行を果てしなく行う「難行道」と、仏の名を称えて「不退の位」に定まる易しい道「易行道」という2種類の道がありました。

このことをふまえて曇鸞大師は、


  「難行道」=「自力」

  「易行道」=「他力」


ということになると示し、


 易行道とは、いはく、ただ信仏の因縁をもつて浄土に生ぜんと願ずれば、仏願力に乗じて、すなはちかの清浄の土に往生を得、仏力住持して、すなはち大乗正定の聚に入る。(『論註』巻上 註釈版七祖編p47)

《現代語訳》(龍樹菩薩の示された「易行道」とは、具体的に言うと、仏さまを信じ、お浄土に生まれることを願えば、阿弥陀さまの本願のはたらきによってお浄土に往生し、仏のさとりを得る身に定めていただく、ということです。)


と言われ、お浄土に生まれ、さとりをえることができるのは、阿弥陀さまのはたらき、すなわち「他力」によるのだということを明らかにされます。



曇鸞大師によると、天親菩薩の「浄土論」は、「お浄土に往生することも、お浄土から還ってくるはたらきも、すべて阿弥陀さまのはたらき、つまり他力によって成されている」という書物であると示されます。



 おほよそこれかの浄土に生ずると、およびかの菩薩・人・天の所起の諸行とは、みな阿弥陀如来の本願力によるがゆゑなり。(『往生論註』巻下 註釈版七祖編p155)

《現代語訳》(阿弥陀さまのお浄土に生まれ、仏のさとりを得ること、またそこから迷いの世界に戻ってきて、他の迷えるものを教化する活動も、すべて阿弥陀如来さまの本願のはたらきによるものなのです。)


このように、とにかくすべては阿弥陀さまの救いのはたらき、つまり「他力」なのだ、ということに焦点を当てた書物であり、天親菩薩の「浄土論」にある”一心”と”五念門”の関係性、そしてまた、どのような「信心」が ”本当の他力の信心” と言えるのか、ということを、様々な”たとえ”も用いつつ詳しく、かつ哲学的に明らかにしたものが、この「往生論註」です。


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