龍樹菩薩・天親菩薩の思想を受けた「往生論註」



まず、「往生論註」という書物は、龍樹菩薩の『易行品』の精神をもって、天親菩薩の『浄土論』を解釈されたものです。

曇鸞大師は天親菩薩の『浄土論』を、弱く、迷い苦しむ”凡夫”に対して浄土往生を説いた「他力の易行道」であると主張されました。



 この「往生論註」の初めには、龍樹菩薩の「十住毘婆沙論 易行品」を振り返り、仏のさとりを得る道(厳密には菩薩の修行)に「難しい道」と「易しい道」とがあることを示されます。



 仏法に無量の門あり。世間の道に難あり易あり。陸道の歩行はすなはち苦しく、水道の乗船はすなはち楽しきがごとし。菩薩の道もまたかくのごとし。あるいは勤行精進のものあり、あるいは信方便易行(しんほうべんいぎょう)をもって疾く阿惟越致に至るものあり。(『十住毘婆沙論』易行品  註釈版七祖編p5)

《現代語訳》…(仏法には数え切れないほどの ”仏のさとりに至る道” が存在します。 陸を自分の足で果てしなく歩くことは苦しいことですが、海や川を渡るのに、船に乗って移動することは楽しいことでしょう。 菩薩の修行もこれと同じです。 修行を勤め、果てしなく精進する道もあれば、”信心” を乗り物として、「歓喜地」に到達する道もあるのです。)


「歓喜地」とは、菩薩の修行の52段階の中、11段階目の位のことで、この段階までくれば、位が下がることがなくなり、仏のさとりを得ることが定まる位のことを言います。この段階までくると、菩薩は「歓喜」することから、「歓喜地」と言われています。

この「歓喜地」という段階に到達するためには、果てしない間、難しい修行を絶え間なく行う必要があります。これは、人間が普通に修めることのできるレベルの修行では到底ありません。

そこで龍樹菩薩は、このような修行を行うことのできないような、弱く愚かな者に対して、「仏さまの名前を称えて、この段階に到達する道もありますよ」と言われます。

その仏様とはすなわち「阿弥陀さま」のことであり、そのはたらきによって、修行を完遂することのできないような愚かなものであっても、仏のさとりに向かう道があることを明かされたのです。


『”信心” を乗り物として、「歓喜地」に到達する道』とは「阿弥陀さまの救いのはたらきにおまかせしてお念仏を称える」ということであり、これを曇鸞大師は「他力易行(たりきいぎょう)」とされました。 


そして、天親菩薩の「浄土論」も、この意味を受けてつくられたものとして、


 けだし上衍(じょうえん)の極致、不退の風航なるものなり。(『往生論註』巻上 註釈版七祖編p48)


つまり、この「浄土論」、そしてそこに説かれている阿弥陀さまの救いのはたらきは、「究極の乗りもの(上衍)」であり「退くことのない帆かけ舟(不退の風航)」のようであると、曇鸞大師は褒め称えておられます。



また、「往生論註」は、正式名称を「無量寿経優婆提舎願生偈註」と言いますが、曇鸞大師は、題名のアタマにある「無量寿経」とは「浄土三部経」であることを冒頭ではっきりと示されます。

天親菩薩の「無量寿経優婆提舎願生偈」(浄土論)の「無量寿経」は、「浄土三部経」を指しているのか「大無量寿経」を指しているのか、はっきりしていませんでしたが、曇鸞大師は、この「無量寿経」とは、「浄土三部経」を指し示していることを前提に、解釈をされていると示されるのです。




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