はじめに

   当サイト【みんな、西に向かう命の旅人】は、浄土真宗についてのサイトです。


 ・浄土真宗とは


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”浄土真宗”とは、仏教の一つの宗派です。

仏教とは、今から約2500年前にお釈迦さまが説き広められた教えです。

仏教は何を目的としているのかというと、「仏のさとり」をひらく事を、究極の目標としています。つまり仏教とは「仏になるための教え」です。

「さとり」とは

  ・真理に目覚めること

  ・迷いの世界、苦しみから離れること

  ・とらわれる心、こだわる心、偏った心から離れること

と一般的に言われています。

迷いや苦しみから解き放たれ、真理に目覚めた存在を「仏(佛)」といいます。


迷いの世界とは、私たちの生きている人間の世界も含め、6つあります。その6つの世界を、生まれては死にを繰り返し、くるくるとさまよい続けているのが、私たちなのです。

その迷いの世界から抜け出し、解き放たれることが、「真理に目覚めること」であり、「仏になること」であります。


およそ”仏教”と名のつくものは、この「仏」になることを目的としているのです。

「仏のさとり」に向かう道筋に、たくさんの種類があって、それが様々な「宗派」として枝分かれしているのです。


浄土真宗では、阿弥陀如来さまという仏さまの救いのはたらきである”本願力(ほんがんりき)”によって、ご信心をいただき、西方の極楽浄土に生まれ、そのお浄土において、阿弥陀さまと同じ「仏のさとり」を開かせていただきます。そして、仏となったものは、お浄土から迷いの世界に戻ってきて、迷い苦しんでいるものを教化する活動をします。


阿弥陀さまのはたらきである本願力によって、「仏のさとり」を開くのですから、

「(自分の力で)仏になる」

のではなく、

「(阿弥陀さまのはたらきで)仏にならせていただく」

ということが、浄土真宗の大切なところです。これが、浄土真宗が「他力の教え」と言われる理由です。

どんなに罪深く、弱く、愚かなものであっても、必ず救う(お浄土に生まれさせ、仏にする)と誓われた阿弥陀さまのはたらき自体を、”浄土真宗”というのです。

罪深く、弱く、愚かなこの私をこそ、救いの対象とするのが阿弥陀さまの救いであり、それが「浄土真宗」なのです。



 ・自己紹介


浄土真宗本願寺派(西本願寺)僧侶、安部 亨(あべ とおる)と申します。

現在は広島県三次市にある専徳寺という田舎のお寺で生活しています。かなりの過疎地です。

2014年にお寺に婿入りしました。


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私は浄土真宗のお寺の生まれではありません。

 父は天台宗、母は創価学会という一般のサラリーマン家庭に生まれ、仏教、まして宗教というものになんの興味も関心もなく育ちました。

 その後、社会人となり、パン職人として6〜7年ほどキャリアを積んだ頃、仕事で行き詰まりました。そのことをきっかけに様々なご縁が重なり、パン屋を辞め、浄土真宗のお寺に入寺することになりました。

 これが私の真宗との出遇いです。

 宗教とはほぼ無関係に生きてきた自分が、今では、法事に行って有難いお経を読ませていただき、法座ではご門徒の方々とともに阿弥陀様のお慈悲に手を合わせ、お葬儀の席で、我が命の儚さと尊さを知らされる日々です。

 日常のあらゆる物事が阿弥陀如来様のお勅命(はたらき)であり、聴聞の種となります。本当に、有難いことです。

 しかし、宗門の学校に入ったばかりの頃はかなり苦労しました。それまで法事での「四十九日」などの一般的な「法事」の意味合いも知らず、当然、お経も読んだこともなく、「南無阿弥陀佛」の宗門校ということも、入学してから知ったレベルです。

「なぜここに入学したのですか?」と聞かれてもロクに返事はできませんでした。お経も知らない、勉強もサッパリ意味がわからない日が続きましたが、魅力的な教授、先生方や、自分よりずっと勉強のできる同期生に引っ張ってもらって、少しづつ阿弥陀さまの有り難さを知らされ、なんとか無事に学校を卒業、そして得度・教師習礼を終え、今に至ります。

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 宗教、仏教に接することなく生活してきた私にとって仏教学・真宗学は、正直に申して、とても難しいです。しかし、自分より理解の深い人に何度も教えてもらったり、解説書を繰り返し読むことで、新たな発見があり、そして日々のあらゆることが”ありがたい”ことだったなのだなぁと改めて気づかされることばかりです。

それらすべてのご縁が、阿弥陀さまからのお手立てなのでしょう。


 このサイトは、私自身が浄土真宗の教義の基礎的な部分をきかせていただき、阿弥陀さまのおはたらきをよろこばせて頂くために立ち上げました。


少しづつゆっくりと、ご恩に感謝していきたいと思います。

                               称名合掌


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